大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和49年(行ツ)103号 判決

東京都北区堀船三丁目六番一二号

上告人

荒川石材株式会社

右代表者代表取締役

問矢正一

右訴訟代理人弁護士

島田修一

山崎博行

東京都北区王子三丁目二二番一五号

被上告人

王子税務署長

増田斎

右当事者間の東京高等裁判所昭和四九年(行コ)第二〇号法人税等取消請求事件について、同裁判所が昭和四九年九月二五日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人島田修一、同山崎博行の上告理由について。

所論は、旧法人税法(昭和二二年法律第二八号)八条、九条、一七条一項、法人税法二一条、二二条、六六条一項及び二項、国税通則法六五条、六八条の規定は憲法一四条に違反すると主張するが、単に租税特別措置の不合理性をいうのみで、右各規定が憲法一四条に違反することの具体的論拠を主張するものではない。それゆえ、論旨は、適法な違憲の主張にあたらず、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岸上康夫 裁判官 藤杯益三 裁判官 下田武三 裁判官 岸盛一 裁判官 団藤重光)

(昭和四九年(行ツ)第一〇三号 上告人 荒川石材株式会社)

上告代理人島田修一、同山崎博行の上告理由

はじめに

原判決は、被上告人のした本件課税処分を有効と判断し、被上告人の主張を認容したが、右課税処分は憲法一四条に違反する旧法人税法八条、九条、一七条一項、並びに法人税法二一条、二二条、六六条一項、二項および国税通則法六五条、六八条に基づいてなされた違法な処分であるから、憲法および法令の解釈適用を誤り、その点について審理を尽くさなかつた原判決は破棄されるべきである。

以下、その理由を述べるが、本件課税処分および同処分の根拠規定である旧法人税法、法人税法並びに国税通則法が憲法一四条に違反する最大の理由は、右租税法並びに租税体系が平等原理の租税分野における一適用である租免負担平等の原則を導入していないことにある。よつて以下においては、同原則についてまず述べ、次に同原則が法人税に関する租税法体系の中で完全に無視されていることを指摘し、最後に、本件課税処分が憲法一四条に違反していることを結論づける。

第一、租税負担公平の原則について

一、租税の意義

租税とは、国または地方公共団体が特別の給付に対する反対給付としてでなく、これらの団体の経費にあてるための財力調達の目的をもつて、その課税権に基づき、法律の定める課税要件に該当するすべての者に対し、一般的標準により均等に一般人民に賦課する金銭給付をいう、といわれている。

現代の国家には、社会・経済・財政の各政策による公共需要の充足という責務が課せられているが、これに要する財源の確保は極めて重要である。そして、国家は原則として商品の生産と交換に従事しないところから、右財源の確保は結局、人民の負担する租税に依存せざるを得ない。その意味で、租税は人民から強制的に獲得され、右の公共的機能の用に供される中心的財源をなすものであつて、いわば富の強制的収奪とその再配分の機能を果たすべきものということができる。従つて、租税は国民経済または国民生活全体の調和的発展という公共の福祉の実現に協力するための一つの手段・方式として必要なものであり、そこで結局、問題は、租税が右のような性質をもつものである以上、租税を誰に、どのように負担させることが担税力(経済的負担能力)に応ずる公平な負担となり、富の再配分の目的によりよく合致するかの点にあるのである。

二、租税負担公平の原則

1 近代以前の国家においては、主権者が戦費の調達と個人的欲望の満足のために、いかにして税収をより多くあげるかという徴税技術の問題が第一次的な重要性をもち、税負担の配分に関する原理の設定はあまり問題とされないか、あるいは第二次的意味を持つにとまつた。しかし、デモクラシーによる平等思想が登場するとともに負担公平の原理が最重要の解決されるべき課題として登場するに至つた。

即ち、まずアダム・スミスが一七七六年に、貴族や僧侶の免税特権に対する批判、攻撃として「各人民は各自の能力にできるだけ比例して納税すべきである」(国富論)と主張して以来、一七八九年のフランス人権宣言も「武力を維持するため、および行政の諸費用のため、共同の租税は不可欠である。それは、すべての市民の間でその能力に応じて平等に配分されなければならない」(一三条)と負担公平の原理を高らかにうたいあげ、更に一八九〇年にはドイツの偉大な財政学者アドルフ・ワグナーが「租税負担は公平に分配されなければならない」と教授する等によつて、負担公平の原理は近代税制の一原理として確立されたばかりでなく、租税原則の中心的要素として今日に至つているのである。

そして、同原則は単に経済上・財政上主張されたにとどまらず、平等原理の租税分野における一徴表であるところからワイマール共和国憲法は「すべての公民は、その資力に応じて法律の定めるところにより、ひとしくすべての公けの負担を分担する」(一三四条)と憲法上も保障するに至つた。日本国憲法も一四条において「すべて国民は法の下に平等であつて……経済的関係において差別されない」と規定して租税負担の原則をワイマール共和国憲法と同様に保障しており、租税立法に対する最も重要な憲法上の原則となつている。

2 税負担を国民の間にどう配分すべきかについて、それが公平に配分されなければならないことは右にみたように租税正義の名の下に一般に承認されているところである。しかし、何が公平な税負担の配分であるか、即ち公平の内容については次に述べるように歴史的な変遷がある。

イ 資本主義の初期、即ち資本主義経済がめばえ、確立し、その内包する矛盾が未だ露呈しなかつた時代においては、公平とは、いかなる者にも免税の特権は許されず、すべての者の負担は等しくなければならないと考えられていた。この考えは、絶対王制の下において恣意的な課税がなされ、国家(公支出)の主要な受益者である貴族、僧侶が大幅な免税の特典を与えられていたことに対する新興市民階級の批判を理論化・体系化したものである。

ロ その後、資本主義経済が発達し、自由主義経済の時代を迎えるとともに均等をもつて公平であるとする見解は現実的妥当性をもたなくなり、収入に比例した負担が公平であるとする考えが新たに主張されるに至つた。その理由は、経済の発達は所得の格差(貧富の差)を生み、また経済に対する国家の干渉は悪であり、自由競争の結果生じる経済的関係が最良のものであるとする自由主義経済のもとでは、課税による経済関係のかく乱は望ましくなく、課税後の関係が課税前の関係と同一である税制が望ましいという見地から均等負担の主張は現実的妥当性をもたず、比例負担が公平であるというのである。

右見解は講学上、利益説といわれる。即ち、租税をもつて国民が国家から受ける利益の対価とみる考え方で国民は国家から受ける利益に比例して租税を納付すべきだという考えである。

ハ しかし、資本主義経済の急速な発展に伴い、所得形態が多様化し、複雑化していくと同時に、所得拡差も著しく拡大し、他面、資本制社会の矛盾も進行して労使間の対立が激しくあらわれてくると、国家の積極的な社会・財政の各政策が必要となり、そのための経費が急速に膨張するのに対応して税制もより多く収入をあげ、しかもキメ細かい政策的配慮を加えられるような税を導入していかざるをえなくなり、従来の比例負担という単純な税制では、社会の要請に応えることができなくなつた。

たとえば、国家は元来、私的交換経済の内部では提供されえないサービスを提供することを目的としているのであつて、それらの活動の利益は社会全体について生じ、個人個人についてその利益を測定し計量化することはそもそも不可能である。従つて、この分野においては実際の利益に応じた課税は不可能であつて、所得とか財産の大きさを国家から受ける利益の表象としてとらえ、それを基準として課税する以外に方法はない。また、特定の事業なり階層なりを補助することを目的とする支出、たとえば生活保護とか教育扶助のような社会政策的支出については、その受益者と受益額を特定することは容易であるが、この場合に「受ける利益に応じた課税」について語ることはそれ自体矛盾している。

そこで、所得拡差の著しい拡大およびより多くの国家収入をあげようという現代の財政の要請にかなうものとして応能課税主義あるいは能力説といわれるものが主張され、それが現代における公平の観念に合致するものとして、あるいは現代の福祉国家の理論の財政面への反映であり、財政制度の再分配機能を重視する考え方として、現代の通説となつている。

同理論は、税負担が各人の担税力に応じて公平に配分されるべきこと、換言すれば、同じ担税力をもつ者は同額の租税を納付すべく、より大きな担税力をもつ者はより多くの租税を納付すべきことを主張する。もつとも、人々の担税力を示す標識としては、消費・財産・所得の三者があるが、今日においてはほとんどの国が所得税を主要な収入源としており、また所得税が最もよく担税力に応じた課税の要請に適合するところから、所得がその標識とされている。従つて低い所得からは少く、高い所得からは多くという考えが、現代の公平の内容として支持されるのである。

3 ところで、法の下の平等(一四条)が絶対的平等を強制するものでなく、相対的合理的平等を意味するものであることは異論のないところである。従つて、個人的・経済的給付能力を考慮した応能課税、換言すれば、所得の多い者ほど多く税金を負担し、少い者は少く負担するという原則が、右相対的平等の内容になるということができる。ワイマール共和国憲法は前記のとおり「すべての公民は、その資力に応じて……ひとしくすべての公けの負担を分担する」と規定していたが、これは絶対的平等の課税、たとえば人頭税のように国民に平等の税負担を負わせるものでないことはもちろん、また、平等の負担割合という意味での比例税でもなく、個人の経済的・給付能力に応じた課税としての累進税を支持しているものと解されている(H. Paulik. Der Grundsatz der Gleichmassigkeit der Besteuerung――Sein lnhalt und seine Grenzen, 1954)。

このように、現代においては(本件課税処分の対象事業年度である昭和三七ないし四一年はもちろん)、所得の多い者ほど多く負担し、少い者は少く負担するという原則が法の下の平等の課税分野における、その内容として理解され、支持されているのである。

しかし、本件課税処分は、以下に述べるとおり、右原則をその内容とせず、同原則に違背して課税をなす違憲な旧法人税法、法人税法、国税通則法に基づいてなされたものであり、違憲無効の処分である。

第二、大企業と中小企業における税制度の格差

一、租税特別措置の意義

1 大企業と中小企業における課税の不公平、税制度の格差は戦後、とみに顕著となり、国民的批判の対象となつているが、この格差をもたらす最も中心的な制度が租税特別措置であることはいうまでもない。

ところで、何をもつて租税特別措置と称するか、つまり租税特別措置の定義は必ずしも明確でないが、政府の諮問機関である税制調査会の定義づけによれば、次のとおりである。即ち、「租税特別措置は基本税制をその時々の経済情勢に即して組織的に体系づけるための規定や措置を指すのではなく、同じ経済的地位にある者に対しては同じ負担という、いわゆる負担公平の原則を大なり小なり犠牲にしながら、経済政策的目的を特定の経済部門ないしは国民層に対する租税の軽減免除という誘因手段で達成しようとする目的をもつ規定ないしは措置を指す」とある。

これに従えば、租税特別措置には少くとも二つの要素を抽出することができる。

(イ) 経済政策的目的達成のための誘因手段であること。

(ロ) 負担公平原則を犠牲にするものであること。

即ち、高度に政策目的に支配され、課税の基本原則を打破ることが既に予定されているものである。

2 我国では、租税特別措置が単行立法となつたのは、昭和一三年の臨時租税特別措置法が最初である。同法は、戦争遂行に資するための租税の減免措置を定めることを目的とし「時局の影響による所得減少者に対し租税負担の軽減を図る要ある一面、生産力の拡充、資本の蓄積を促進するため積極的に租税上の考慮を払う必要」にこたえるものとして登場したのである。同法は当初は刺激的課税の性格は稀薄であつたけれども、その後次第に、刺激的課税の構造を強くするに至り、いわゆる戦時国家独占資本主義の重要な一環を形成した。

そして、戦後に至つて、同法の特別措置はその多くが廃止、または改変されて昭和二一年の租税特別措置法に継承された。しかし、租税特別措置が本格的に拡大整備されるのは昭和二五年のシヤウプ税制以後であり、部分的にはしばしば改廃をみているとはいえ、全体としては逐年、強化拡大されて今日に至つている。

3 さて、現行法上、租税特別措置法という単行立法があるわけだが、昭和四〇年の所得税法、法人税法の全文改正の際に、理論的な合理性に乏しい、いわば特別措置的なものは、基本税法から租税特別措置法に移すという税法整備がなされた。しかし、今日でも租税特別措置法に規定するものだけが特別措置であるわけではない。特別措置は所得税法、法人税法等の基本税法自体のなかにも少なからず存在する。従つて、大企業と中小企業の税制格差を論ずる際も、所得税法(法人に適用を受けるのはわずかであるが、法人税法、および租税特別措置法に規定されている租税特別措置の総体を問題としなければならない。

4 ところで、こうした租税特別措置は社会経済的にどのような意義をもつているのであろうか。

戦後、独占資本の復活、再編強化の中で、法人軽課による資本蓄積を保証し、所得税重課(大衆課税)を通じて国庫主義の確保を保証することを主眼としたシヤウプ税制が確立されたが、同税制はいちおう「民主的近代化税制」の旗印の下で形式的公平の体系を有していた。ところが昭和三〇年代に入り、財閥復興、戦後国家独占資本主義の急速な復活強化に対応してシヤウプ税制の形式的公平の体系性をも失つて、租税特別措置の中心たる特別償却、非課税準備金、引当金の、骨子となるものがほとんど登場するに至つた。

租税特別措置は、本来現行の税制にあいいれないものを政策的に特別に認める措置であることは、政府の税制調査会も既述のごとく認めているが、右の準備金等以外にも輸出所得の特別控除、償却不足の繰越、欠損の繰越、繰戻し、重要物産の免税など実に考えうるあらゆる減、免税措置が考え出されてきたのである。

これを税務当局は、政策目的により、

(イ) 貯蓄の奨励

(ロ) 内部留保の充実

(ハ) 技術新興および設備の近代化

(ニ) 産業の助成

(ホ) その他

に分けている。それらの個々の特別措置は別表(一)のとおりである。しかし、内容をみると、(ロ)(ハ)(ニ)については中小企業もほんのわずかばかり恩恵にあずかることはあつても、ほとんどの部分が独占傾斜ないし独占重点の減免税であるし、同別表中の(1)も貯蓄の増強を通じて金融・独占資本の資本蓄積に恩恵を与えるものである。

のちに詳細に検討するように租税特別措置が独占的大企業のみに恩恵を与え、中小企業にほんの部分的にしか恩恵を与えないことが明らかであるが、これは明らかに租税の負担平等原則、ひいては憲法一四条に違反するものである。

二、租税特別措置の実態

1 租税特別措置の項目は別表(一)に表わすとおりであるが、それらが適用される段階別に分類すると、

(イ) 企業の資本ないし資金調達段階

(ロ) 利潤獲得から課税所得算定過程に至る段階

(ハ) 法人企業の利潤分配から個人株主に配当が帰するまでの段階

(ニ) 配当が確定してから、個人所得課税額が算定されるまでの段階

に分けることができる。ここでは大企業と中小企業の企業税制格差を検討するので(イ)から(ハ)までを中心に検討する。

2 企業の資本ないし資金調達段階

資本調達段階においては、資本概念が株式資本を中心とするものから資本準備金(株式発行差金―プレミアム、無額面株式の払込剰余金、減資差益、合併差益を含む)、再評価積立金などをも含むものに拡大されて非課税とされるようになつてきていることが問題となる。株式の時価発行ないし公募発行、株式配当などによつて多額のプレミアムが法人段階と個人段階で発生しても、これが非課税とされているのである。内部蓄積と収益力が強大な大企業は株価の上昇によつて株式の時価発行が可能となり巨額の非課税プレミアムを獲得することができる。

3 法人所得算出過程

この過程でとり入れられている特別措置は多様である。法人所得は総収益から総損金を差引いたものとして算定されるが、利潤留保的性質を有する各種引当金、準備金の費用化、法定普通償却限度額をこえる特別超過償却による利潤の費用化などの特別措置によつて課税所得を過小に算出することができる。

引当金では、例えば、貸倒引当金をはじめ、特別修繕引当金、特別償却引当金、輸出振興引当金、研究開発引当金、償与引当金などがあり、準備金では価格変動準備金、証券取引責任準備金、株式売買損害準備金、採鉱準備金、海外市場開拓準備金、海外投資損害準備金、万博出展準備金などがある。

これらの引当金、準備金は現実に費用的支出となる段階ではじめて費用化されるものであり、それまでは利潤留保的性格をもつというべきである。本来なら、これらの引当金準備金に相当する額は、まず法人所得として課税し現実に費用的支出となる段階で損金として処理されるべきである。従つて、引当金、準備金の名目で損金扱いすることは、国家資金が無利子で融資されているのと同じ効果をもたらす。そして、実際には費用的支出が留保額を下回るのが通常であり、恒常的に下回る部分は利潤の免税ないし国の企業に対する補助金支出というべきであろう。

特別超過償却制度についても同じことがいえる。対象も近代化、合理化、新技術企業化、原油備蓄、低開発地域開発、公害防止などに関連する機械設備施設や電算機、営業用倉庫などに及んでいる。

特別償却の制度は国家資金の無利子融通という作用をもつが、問題はこれらの制度の対象となる資産の選択基準が恣意的であつて明確でなく、これらの制度の受益度が産業別、業種別、企業規模別に異なる企業の間において極めてアンバランスであり、税負担の不平等、不公平をひきおこしている、という点にある。

以上のべた引当金、準備金、特別償却の制度は、国民の目からみて不可視的であり、国民的批判を受け難い点もあつて、近年増々各種名目が増設されている。例えば、原子力発電工事償却準備金、電子計算機買戻損失準備金、特定ガス導管の特別償却等々、枚挙にいとまがない。しかも、こうした引当金、準備金、特別償却はほとんど独占的大企業にのみ特恵を与えるものであり、中小企業にはほんのわずかしか適用がないことは、項目をみただけでも明らかである。ここに、大企業と中小企業の税制差別は顕著にあらわれている。

4 課税所得確定から税額算定に至る段階

イ 所得控除、税額控除

この段階でまず問題となるのは、輸出関連所得や重要物産関係所得を、所得控除方式で、減免税していることである。次に、企業の資本構成改善、設備のスクラツプ化促進、合併助成、試験研究費等のためにとられている税額控除の措置が問題になる。これは、算出した法人所得に法人税率を適用して法人税額を算出し、この法人税額から、その五パーセントから一〇パーセントに及ぶ金額を差引いて納税額を決めるのである。

所得控除や税額控除の制度は隠れたる補助金である。しかし、悪いことには、利潤を獲得し、租税を負担しうる能力のある者しか利用できない制度である。これらの点においても、中小企業は輸出関連所得や重要物産関係の所得控除の特恵に浴することはほとんどなく、また、合併においては、たいてい吸収される側であり、設備のスクラツプ化、試験研究費等の税額控除制度ともほとんど無縁である。

要するに、それらは大企業の合併助成、設備のスクラツプ化、輸出増進、研究開発等にのみ特恵を与えるものである。

ロ 支払配当軽課

法人所得からの支払配当分は当然に法人所得としての税を課せられるべき性質のものである。しかしながら、法人所得のうち、留保所得分と支払配当分を区別して、前者は三五パーセント、後者は二六パーセントの税率を課せられるという支払配当軽課措置がとられている。しかし、この制度によつて最大の利益を得るのは大企業であり、中小企業は配当の軽課措置によつて受ける恩恵は極めて微々たるものである。

三、租税特別措置の不当性

1 租税特別措置は特定の経済政策的目的を特定の経済部門ないし特定の企業層に対する租税の減免税措置という誘引手段でもつて達成しようとするものであり、同じ経済的地位にある者に対しては同じ負担という負担公平の原則を犠牲にし、また所得税の総合累進課税措置を弱めたり、納税者の納税道義に悪影響を及ぼしたりする恐れがある。

従つて、特別措置の創設に際しては、税制以外の措置で有効な手段がないかどうか、また政策目的が合理性を有するかどうか、また政策的効果があるかどうか慎重に検討され、厳格な基準の下に設定されるべきである。

しかしながら、租税特別措置は年々増加の一途をたどり、制度内容も実に複雑となり、もはや企業利潤がどれほど増加しても、経済成長率がどれほど高くなつても、収益力のある会社の半分ほどは課税ペースから隠れてしまい、捕捉することが困難となつているのである。昭和三一年臨時税制調査会答申は、すでに同三〇年度において主要業種の大企業の法人所得のうち、ほぼ二分の一が特別減免税措置によつて課税外におかれるようになつていることを指摘している。

また同四〇年度長期答申において次のように述べている。

「租税特別措置は一定の政策目的を達成するための手段として、租税のインセンテイブ効果を活用しようとするものであつて、経済政策の一環としての意義をもつものであるが、その反面、負担公平原則や租税の中立性を阻害し、総合累進構造を弱め……多くの短所がある点にかえりみ、当調査会が従来から答申してきた整理縮減の方向を引続き推進すべきものと考える」

しかし、事実は全くこれに反することは既にのべた。

2 近年、勤労所得者層、商工業営業者層、農民層間の課税上の所得捕促率の差異(それぞれ九〇~一〇〇パーセント、六〇~五〇パーセント、四〇~三〇パーセントだといわれ、クロヨンと称せられている)や、給与所得控除率、医師収入の経費率などの不公平税負担の問題が強調されている。しかし、不公平課税の根源はそのようなところにあるのではなく、会社利潤その大株主への分配に対するルーズな課税にあるのである。会社利潤をめぐる一連の租税特別措置こそが、他の一般大衆、中小零細企業に犠牲を強い、しわよせ的重税の原因となつているのである。

ちなみに、政府統計によれば、本件の昭和四〇年度における租税特別措置による租税の減収額は二、二〇〇億円である。この内訳は別表(二)にあらわすとおりである。しかし、これには配当軽課措置の減収額が計上されておらず、また貸倒引当金、退職給与引当金などの一般的減税に組み替えられたものも計上されていない。また、注目すべきことは、国税たる法人税の減免税に伴う地方税の減収であるが、昭和四三年度においては地方税減収分が一、七四六億円であり国税分の二、六四八億円と合計すると実に四、三九四億円の減免税となつている。

しかし、これらは、租税特別措置法に規定される措置についてのみの試算であるため、実際の減免税額はこれをはるかに超えることが予測される。

3 別表(二)によれば、専ら中小企業に対する特別措置としてあるのは、(16)中小企業構造改善準備金、(17)中小企業貸倒引当金、(25)中小企業設備に対する割増償却などにとどまり、他は一般の大企業ないし特定産業における大企業に専ら適用されるもの、あるいは、貯蓄の奨励の項のように資産所得にする特恵およびこれを通じて金融機関の独占など、結局独占に恩恵を与えるものによつて占められている。また別表(二)による減免額の大企業と中小企業の格差も極めて大幅なものとなつている。

これが、大企業と中小企業の税制における差別であることは全くもつて明白である。

第三、本件課税処分の違憲性について

一、既に述べたごとく、租税の負担公平の原則は憲法上の要請であり、憲法一四条の法の下の平等の内容となつている。従つて、税法体系の中で、一方で大企業を特別に優遇し、他方で中小企業にそうした措置を認めない、という制度を採つているとすれば、憲法一四条の平等原則に反することとなる。仮りに例外が許されるとすれば、憲法の理念に照らして合理的差別として許容される範囲内であることが最低限必要であることはいうまでもない。そして、その合理性の基準は次のとおりである。

1 国の政策上、著しく重要であつて、他に代替措置がなく、かつ緊急に必要と認められるものであること。

2 緊急性を前提とするから、適用を短期間に限定すべきこと。

3 政策手段としての有効性が明白であること。

4 特別措置による幣害と効果を比較考量し、後者の社会経済的利益が明らかに優越していること。

二、さて、右の四つの基準を厳格に適用したうえで合理性を判断しなければならない。

租税特別措置は年々増加されているが、ここでは本件当時の昭和三八年から同四二年までの租税特別措置(別表(一)に示す。×印は同四二年以後定められたもの)を対象に論ずる。

第一に、政策上の重要性についてであるが、国の政策上、大企業と中小企業において大企業のみを特別に優遇しなければならないという政策上の必要性は全くないといつてよい。我国の大企業と中小企業とは企業規模、生産力、収益率等において既に大きな格差があり、中小企業は大企業の下請化として利潤を搾取され、窮乏化しているのが実情である。従つて保護されなければならないのは中小企業の方であり、莫大な利益をあげて年々資本を蓄積し、世界のトツプに位置する我国大企業に対し、格別の減免税を行なわなければならない理由は全くない。また、大企業は財政投融資、国庫補助金等により、種々の優遇措置を受けており、そのうえ、さらに減免税を行なわなければならない必要性も全くない。従つて、減免税以外に既にそれに代わりうべき財政投融資、国庫補助金の制度があるのであるから、緊急な場合は、それらの措置で十分であり、わざわざ、事業年度の終了をまつて確定される法人税において減免の措置をとることは合理性がない。

第二に、租税特別措置法はなるほど第一条において「この法律は当分の間、……特例を設けることについて規定するものとする」と規定するが、大部分は恒久化しており、しかも年々、新たな措置が創設され、その項目は極めて多岐にわたり、ぼう大な規模となつている。

第三に、政策手段の有効性であるが、この内容はあくまで特別の恩恵を与えることによる社会経済の調和的発展が達成されたかどうかを基準としなければならない。ところが、戦後大企業の利潤獲得競争はすさまじく、昭和四八年後半においては、大企業・大商社が生産物や商品の売り惜しみ、買い占めを策して狂乱物価をつくりあげ、国民生活は極度のパニツク状態に陥つたことは記憶になま新しい。これは、大企業がぼう大な資本蓄積を完成させ、だぶついた資本を投機に流用して意図的にインフレを作出したことが大きな原因であつたが、このような結果を招いたのは国庫補助金や租税特別措置など諸々の大企業優遇政策であつたことはいうまでもなく明らかである。従つて、政策的にも租税特別措置は大きなマイナスを有し、国民生活全体の利益の観点からすれば、有害であるといわざるをえない。

第四に、従つて、租税特別措置の幣害と効果の比較考量においても幣害の方がはるかに大きいことも明らかである。しかも、とりわけ問題なのは、こうした租税特別措置による大企業の減免税により、そのしわよせがすべて中小企業や勤労所得者層に押し寄せており、逆にみれば、後者の犠牲と負担において、前者が減免税措置の恩典に浴しているという極めて不当な現実を招来しているということである。

既に述べたように、年度別の租税特別措置による減収額は別表(二)に示すとおりである。このなかには、配当軽課措置や昭和三九年度以降、特別措置から法人税法に移された貸倒引当金、退職給与引当金、国税の特別措置により地方税に影響する額等が計上されていないため、実際の減収額は定かでないが、全体の税収額のかなりのパーセンテージを占めることが予想される。

こうした面の詳細な政府の資料が公表されていないこと自体が不明朗であるが、この点は追つて詳細な資料に基づく試算を補充書によつて説明したい。

三、以上、検討したように租税特別措置は大企業と中小企業において、全く不当な税制差別をもたらしており、いかなる観点からもとうてい合理性がないことが明らかとなつた。これは憲法一四条が平等原則の例外として許容する範囲を一見明白に逸脱していることが明らかであるといわざるをえない。

四、ところで、本件課税処分は、昭和三七、三八、三九年の各事業年度の法人税については、その根拠法である旧法人税法(昭和二二年法律第二八号。同四〇年法律第三四号による改正前のもの)の法人所得に対する課税に関する八条、九条、一七条一項の諸規定に基づいており、また、昭和四〇、四一年の各事業年度における法人税については、その根拠法である法人税法(昭和四〇年法律第三四号)の法人所得に対する課税に関する二一条、二二条、六六条一項、二項の諸規定が適用された。そして、同三七、三八、三九、四一年度の各更生処分および同四〇年度の再更正処分は、それぞれ右法規の適用によつて行われた。

しかしながら、前述してきたごとく、別表(一)に掲げる租税特別措置は大企業を格別優遇して中小企業を税制上差別しており、それが合理的な限度をはるかに越えることが明らかであるのみならず、その特典のしわよせは不合理にも法人税法の前記諸規定にあらわれて中小企業に過大な負担を負わせているのであるから、同規定は、不当に中小企業を差別し、憲法一四条の租税負担平等の原則に反して重課税を課するものであることが明らかであるから、旧法人税法、法人税法の前記諸規定は憲法一四条一項に違反するといわざるをえない。

よつて、右諸規定は違憲無効であり、同諸規定に基づいてなされた本件課税処分、更生処分、再更生処分もすべて憲法一四条一項に違反して無効である。

また、昭和三七、三八、三九、四〇年の各事業年度の重加算税および同四一年の事業年度の重加算税、過少申告加算税はいずれも、その根拠法規である国税通則法(昭和三七年法律第六六号)の六五条、六八条によつて課せられたものであるところ、右各処分は前記違憲無効の諸規定によつてなされた更生・再更生の各処分に基づいて行なわれたものであるから、これまた違憲無効の処分であるといわざるをえない。

よつて、本件課税処分は、すべて違憲無効である。

五、さらに原審は、前記旧法人税法、法人税法の諸規定、ならびに国税通則法の諸規定の解釈適用を誤り、税制度の格差の実態を詳細に検討して審理することなく、原判決を下したものであるから、審理不尽の違法があるといわざるをえない。

よつて、原判決は破棄されるべきである。

(別表省略)

以上

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